30ヶ月

未曾有の大震災から今日で30ヶ月。

中学生だった長男は高校生になり、小学生だった次男は中学生になり、身近なところを見ても時の流れの速さを感じる。

2年半の長い時間によって被災地や被災者の復興を押し上げてくれた部分もあるのだろうけど、まだまだ復興の道を歩み始めたとは言い難い部分がほとんどだろう。

日常の時間の流れが早くて、被災地が遠くて、くだらない情報を垂れ流して物事の本質を見る目を曇らせる社会が、人々の意識を薄っぺらにしていくのかな。

自分が生活する地域で震災の会話は聞かない。聞こえない。

でも、僕には、僕の中には・・・

震災があってから、いつも自分の中に震災が一緒にある。

生まれ育ち、東京での生活を始めてからは、故郷として帰る場所としてずっと有り続ける。

震災後、帰省した折、有り続けるはずだったいくつもの大切な場所、そこに暮らしていた人が消えてしまった様子を目の当たりにして呆然とした。

今日、色々あっての休暇を頂く。

震災を経験してからの30ヶ月、故郷を、被災地を、被災者を想いながら、自分の生きる姿を客観的に見ながら・・・いや、見るというより監視しながら、チェックしながら、日々生活するようになって、それが良いのかどうかわからないけど、今日というこの日を生きたくても生きることができなくなってしまったたくさんの人、生活の場を追われて生きる目的を見失ってしまっている多くの人、これからの未来を被災地の復興のために注ぐであろう子供達が、僕をみて「おまえは、ダラダラと何も考えずにバカタレが!」って言われないように生きている。

はっきり言うと、震災があってから自分に厳しくなりすぎてるような気もするし、随分と自分に色んな事をやらせすぎてるように思うけど、でも出来るうちにやれるだけやらなきゃ、被災地を出身地を故郷を思う自分の心が納得しないから。

被災地の復興に直接何かを与えられる事は出来てないし、希望の未来を見せられる助力を捧げてもいない。残念ながら。

ただ、雨のひとしずくの微々たるものでも、それがやがては川の流れの一滴になれたら。少なくともそれくらいにはなれたら。

だからこそ、仕事を頑張りながら、地域の子供達のために活動し、それらを客観的に見る自分がいて、ちゃんとやれてるか?ってチェックして。

お金をもらうためのお仕事の平日と、お金にならないけど心潤い子供達の成長のちょっとしたアシストをする休日と。

はっきり言って、自分の為の休日はないけど。でも、生きてる自分が動ける自分が一雫を搾り出す事をもう少し頑張りたい。

30ヶ月の今日、その想いを見つめ直しチェックして、ほんのちょっとだけ心を休める。

被災地や被災者のために、たくさんの素晴らしい人達が今も奮闘している。

僕は、そんな人たちの足元にも及ばないけど、相対評価じゃなくて絶対評価で僕自身がちょっとだけでも色んな事に頑張れているのかを大切にして進んでいこうと思う。

進んでいけば、また見えてくるものがたくさんあると信じて。

そしてまたテスト

違う画像を貼り付けます。 70eb060226252850a891a02237706de8c3389c6e.jpg

テスト

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この4月から♪

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長男、そしてこの春に次男も少年サッカーを終え、私も親コーチを卒業しました。

小学校年代に息子達が楽しくサッカーを出来たのも、たくさんの思い出を残せたのも、少年サッカーに関わるコーチと保護者のおかげで、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

さて、親コーチは卒業ですが、今度は街クラブのおっさんコーチとしての活動が始まりました。

息子達がお世話になったこのチームに、チームが所属するブロックに恩返しという事もあるのかもしれないけど、それに大した経験もしてないけど、少年サッカーに携わる人達へ自分の経験を還元することで微力でも貢献できれば。そして、息子たちのようにサッカーが楽しいと思ってもらえたら。

どれだけ出来るのかわからないけど、その自分の気持ちを大切にしたいなと(^^;

そんな訳で、所属チームの担当学年も一番小さな子供達、年中年長1年生になりました(^-^)

ブロック技術指導部でのトレセン活動や去年までの担当だった6年と比較すると宇宙人( ̄▽ ̄;)

こちらの常識はあまり通用しない部分が多かったりするけど、とても純粋でまっすぐで可愛いです♪

この子達の目線の高さを大切にして寄り添いながら楽しく指導していきたいと思ってます。

新しいチャレンジかな。

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Reborn...

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随分と長い間サボってました(^^;

いや、自分ではそのつもりはなくて。

毎日自分なりに前を向いて歩んでいたつもり。

色んな事を整然とこなしてリズムよく程よいスピードで。

そう思いながらちょっとずつスピードオーバーになってきて...

この年になるといろんな事に責任を持ち、それが仕事だけではなく、それ以外の部分でも社会的なコネクションがどんどん増えつつ、そのそれぞれに責任を持ちながら、コミュニティの中で様々な人たちと共働して動くことが多くなってきた。

もともと出来る奴じゃないくせに抱えすぎてる気が...いや(^_^;)抱えすぎてるね。

全部自分じゃなくて、任せられるものはどんどんほかの人に任せなきゃ。

一方で本当にやらなければいけない事をもっともっと絞って、時間を作ることが必要だね。

諦める=明らかに見る

身の丈に合わせなきゃ。

何でもかんでも頑張れるわけじゃない。

やれること、やらなきゃならないことを明らかに見て、もう少しどっしりとしよう。

そんな訳で生まれ変わってる最中です(^^)

2008年に取得したJFA公認指導者C級ライセンスも、気づけば今年度が有効期限。 
4年に一度の更新時には、規定のリフレッシュポイントを取得してることが更新の条件となります。 
必要なリフレッシュポイントは40。コーチとしてチーム登録してあれば自動的に20ポイントをいただけるので、4年間でさまざまなリフレッシュ講習会に参加して20ポイントを稼げば更新が可能となります。 

リフレッシュ講習もさまざま。 
午前、もしくは午後のみの講義メインの講習などは5ポイントが多いかな? 
大きな大会(全日本少年サッカー、高円宮、J下部カップ戦など)では10~20ポイントくらい。 
合宿形式だと一気に40ポイント。まあ、それなりに時間を作ったりするのも大変だし、実技もあるので。

話を戻してあせあせ 

更新ポイントを稼ぐ必要に迫られたと言うのが正直な動機ですが、今回は合宿形式のリフレッシュ講習会(40ポイント)へ参加しました。 

『2011ナショナルトレセンU-12東北』 

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開催地は青森県弘前市で、岩木山の麓。 

岩木山をバックに天然芝のグラウンドが広がる会場は、東京より若干早い秋の澄み切った空気がとても爽やかで、指導者スキル以外にも普段蓄積してきた疲れもリフレッシュわーい(嬉しい顔) 










参加した指導者は20名ほどで、関東県内からの参加は私のみ冷や汗他はみんな東北の方々でした。 

唯一の遠方参加で、足もない私を快く送迎してくださった方は八戸漁協にお勤めの、中学サッカー部のコーチの方わーい(嬉しい顔)初対面からとても穏やかにお話しする笑顔の素敵な方 

『いや~この車、中古で購入したんだけど、津波で流されたのと同じのにしたんだよねあせあせ(飛び散る汗)』 

こういう会話が普通にさらっとなされる場所なんだ。まだ震災は終わってない。 

二日間の講習会は、ナショナルトレセンの練習を見学し、ナショナルトレセンコーチによる実技と座学もあって朝から夜までの強行軍でしたが、要所要所にビビッと来る言葉やコーチングの肝を教えていただけて、リフレッシュポイントを稼ぎに...という自分の考えが恥ずかしいものに感じてきました。二日間に取ったメモは私の宝物 
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ここに集まった子供達はいずれは少数に絞り込まれてU-13日本代表となります。 
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何より、被災地である岩手、宮城、福島からも多数の参加者が。復興に向けてとても大変なときに、それでも無限の可能性を秘めた子供達のために自らが最新のサッカー指導を学び、子供達に還元したいと言うモチベーションぴかぴか(新しい) 

休憩時間にも色々な方々と色々なお話をお聞きして、決して十分な環境が整っておらずともできる範囲で少年サッカー指導に熱を注ぐ皆さんのパワーを感じました。 


夜は一人、昭和の雰囲気プンプンのビジネスホテル。 
せっかくここまで来たのだし、ここでお金を使うことが復興への手助けになれば... 

と、一人呑みわーい(嬉しい顔)ダッシュ(走り出す様) 
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もちろん、地のものも堪能しましたよ 

りんご(フジ) 
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嶽(だけ)きみ 
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道端にはりんごをたわわに実らせた木々。 
ナショナルトレセンU-12は勿論関東圏内でもおこなわれていますが、ナゼに東北なんだexclamation & question 
さまざまな人に聞かれました。勿論今回の参加者の皆さんにもあせあせ 

その度に私は答えました 
『どうせお金を使うなら、自分が育った東北で使いたかったから』 



20111022071214_75513-01_111022_071135.jpgナショナルトレセンのバインダーをいただきました。 

さまざまな想いが詰まった宝物に・・・大切に使いたいと思います。 
そして、普段の行動範囲から飛び出すことで自らのスキルが上がったと実感してます。 
小さなコミュニティの中で、知ったかぶりして学ぶことを忘れてしまった指導者に囲まれ続けるのなら、いっそそこから外に出てオープンマインドで同じ志の指導者と共に学んでこそ、子供達のために指導者として成長できることを確信しました。 

また近いうちに遠くの講習会へ行きたいな...ハート達(複数ハート)

My healing place

梅雨の晴れ間。

木陰にあるベンチに腰を掛け、空を見上げると木々の葉の隙間から、隣から、キラキラと射す陽。
身体をすり抜けていく爽やかでちょっとひんやりした風...「半そでは早かったかな?」と考えながらそれでも見上げ続ける。見上げるそばから感じる暖かさ。

遠くの遊具では、保育園児の元気な声が心地よく。
「順番を守って」と口には出さずとも子供たちを見守り笑顔の保育士さん。

ベンチの前を通り過ぎるインターナショナルスクールの子供達。賑やか。課外授業かな?

この雰囲気をゆっくりゆっくり愉しむ。木漏れ日射すベンチで暖かい安心感とキラキラに包まれて...

ベンチから静かに立ち上がり、やさしく静かに歩き出すと柔らかい日差しが身体を包み込む。
見えてくる風景が褪せた気持ちをサラサラに浄化し始める。

やはりキラキラと暖かさに包まれながら、どこまでもゆったりと続く道を漂うように歩く。

静寂の中で、幾分雨を吸った草木の匂い。時折、上空を飛び去る小型飛行機の音。
音が止めばまた静寂。

キラキラと暖かさがまとわり付く幸せに包まれて。

目の前に広がる野原を突き抜けて進むと、森の中へ続く小道。
小道はやがて木道となり、湿地帯に咲く花や草木が周りを覆い始める。
木々が丁度よい吸音材。森の静かな時間...キラキラと暖かさの幸せに包まれ静かに進む。

常の意識と希望の想いが交錯し、知らぬ振りをしても、望みは何時しか心の真ん中にこっち向いて座ってる。
気持ちはいくつになっても素直なもの。

包んでくれていた安心感とキラキラを、逃げないよう、遠くに行かぬよう、この手でやさしく握り。
すれ違うまばらな人達までも風景に溶けていく。全てが癒しの空間に変化していく。

歩きながらふと暖かさとキラキラを確認する。ホッとする。
そしてまたゆっくりこの時間をかみしめるように歩く。その繰り返し。

ちょっとした不安、高揚した気持ち、そして、大切にしたい想い。

一人じゃない。

僕は周りに関わり、周りは僕に関わる。
色々な人が色々な形で。

関わり続ける中で、人はどんどん変化していく。変わらない人などいない。


変わった今の自分と過去の自分は違うけど同じ、でも、同じだけど違う。

もっと違う人達と関わる中で違う人間になっていたかったのかも...と考えながら、過去に戻ったらどう歩みなおしたろう...とも考え...

でも、今の自分があるから。今の自分だから。

そういうのもある。矛盾している考えがグルグルと頭を巡る。

暖かさとキラキラの幸せは相変わらずそばにいて包み込んでくれている。

この時間が永遠に止まればいいのに...

止まるわけないか...、じゃあ、今日のこの時間を自分の心に永遠にとどめよう。



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年に一度の胃カメラ検診で軽度の胃炎が見つかった。
多分震災がとどめを刺したのだろう。
この閉塞感満杯の気持ちを落ち着けてみようかと、検診後、フラ~っと約20年ぶりに訪れた公園をゆっくり散歩しました。
抽象的な文章ですが(笑)。感じたままにさらさら~っと書いてみました。
つくづく都会より緑が好きなおっさんだと再認識したわけです。




想いを乗せて♪

伯父の葬式による帰省を終え、東京へ戻る日。

実家の両親に夏の帰省を約束して別れ、帰路へ就く前にベガルタの練習見学へ。

翌日にホーム戦(V.S.横浜Fマリノス)を控え、軽目のメニューでしたが、昨年と比較して確実に層の厚くなったチームは、しかしながら練習の雰囲気も決して殺伐としておらず、チームワークの良さが伝わってきます。

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そして、ベガルタ系ブログで超有名なJOHさんとのうれしい出会いぴかぴか(新しい)
実は、先週行われたみちのくダービー(ベガルタV.S.モンテディオ)をスカパーで観戦した折、サポーター席にJOHさんの姿を見つけ、無事と元気を確認していましたが、やはり実際に会ってこそ湧き出る安心感もあるのですねわーい(嬉しい顔)

『せっかくきたんだからウインク』とJOHさん

柳沢選手、そして京都から移籍した角田選手とのツーショットを撮って貰ったり...元気付けるはずが元気をいっぱい頂きました。
震災地へ積極的に赴き、被災者を勇気付け続け、日本代表に復帰した関口のショットもありますよ。

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一通り、チームの様子を見て満足したところで、大切なことを思い出しました。

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伯父よりも1年先に逝ってしまった伯母さんが、千羽鶴のお礼にと手渡されたお金。


『私はもう使うことは無いから、好きに使いなさい』と。


お金はずっと自宅の自分の机に飾ってありました。
中々使えるものじゃないからあせあせ(飛び散る汗)












そんな中、震災後の帰省で、このお金の使い道がありました。

『なるべくダイレクトに被災地に届くように募金したい。』

そういうことで、このお金を持って帰省したのでした。
しかし、実際には『ここだexclamation ×2』と言う募金の当ても無くて...

そんな話をJOHさんにしたところ、いきなりベガルタの広報の方を紹介していただきましたダッシュ(走り出す様)

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事情を説明したところ、色々なお話を聞かせていただき、結論が出ました。




これらのお金を
1震災地への義援金
2ベガルタ仙台活動のための樽募金
3ベガルタ仙台個人協賛金
に振り分けて使う。

震災地への義援金以外に、震災で練習場やスタジアムのダメージがあったベガルタ仙台は被災地仙台の人たちの元気の源でもありますし、仙台の人たちに愛されたサッカークラブ。
クラブが少しでも震災の影響から開放され、サッカーに集中できるように。

もうこれ以上甘えてしまって申し訳なかったのですが、これらの募金は翌日のホーム戦が行われるユアテックスタジアム内で可能であるとの事で、JOHさんへお金を託して帰京しました。

そして、昨日。
試合後にメールを頂き、JOHさんの方でお金の振り分けが終わった旨丁寧なご報告をいただきました。

1震災地への義援金

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試合前に始球式を行った仙台在住のフィギュアスケーター・羽生結弦選手が受付をしていたそうですわーい(嬉しい顔)






















2ベガルタ仙台活動のための樽募金

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3ベガルタ仙台個人協賛金

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たいした金額ではありませんが、僕達の想いを乗せました。
一日も早く被災地の方々に笑顔が戻るよう、これからも何かできることがあればこつこつとやっていこうと思います。

JOHさんexclamation ×2今回は本当に色々とお世話になりありがとうございましたあせあせ(飛び散る汗)
かねてより病気療養中だった伯父が亡くなった。
伯母(http://1173-oni-paddle.que.jp/blog/2010/01/post-203.html)の3回忌までは生きるんだといっていた。
今は、天国で再開を喜びあっているのかも知れない。

地元の親戚も皆一様に歳を取り、ここのところのお葬式には実働部隊で向わざる得ない状況が後押ししてくれた。震災後初めて訪れる仙台へ。。。

東北道は、福島県南部の白河へ入ると震災の爪痕が目に入る。
不自然にうねり、いくつもの段差を補修された道路。
走行中に見える風景には、屋根瓦にかけられたブルーシートが目立つ。
みちのくへ向う車には、まだまだたくさんの救済派遣車、救援物資車等々。

仙台南ICを降り、実家の近辺の様子を見るが、普段と変わりない。
33年前の1978年に起こった宮城県沖地震では、家屋やブロック塀の損傷が激しく、町並みもそれ相当のダメージがあっただけに、拍子抜けしたが、今回の震災が津波によるものである事を改めて思い知らされた。

震災直後に生存を確認する電話だけして、それから3日ほど音信普通。
震災地から遠く離れた場所で日々行うのはネットの情報を漁ることだけ。
徐々にインフラが立ち直り、メールによるやり取りが出来るようになり、両親二人だけで過ごす不便な生活の様子を伝えられ、でも、大丈夫と絵文字いっぱいで返信してくる母。
『二人で頑張ってるから大丈夫だよ』
この震災によって被った非日常の生活は少なからずとも両親にもダメージがあっただろうに。

そんなことを考えながら、実家に到着。
庭いじりしている父が見えてきた時には、安堵と涙が出ました。
母もニコニコと出迎えてくれ。
多くの被災者が居ることは承知しているけど...

神様ありがとうございます

そして、葬儀は粛々と執り行われ、同じく実働部隊で集まった従兄弟とも色々と話を聞いてきました。営業で職場を離れていたときに津波に襲われ、職場の同僚がいまだに行方不明であったり、電力関係の仕事で三陸を回る日々とその被害を目の当たりにして擦り切れた心が折れないようそれでも現地のために復興を急ぐ話など...

被災地以外の場所に住む人々の心の中では、震災は徐々に復興へその流れを変えて日々立ち直りつつある。と感じるのが普通だろう。

しかし、現地はまだ震災の状況であり、震災のあらゆる影響を抱えて生活している。

勿論ですが、今回の帰省では、津波の被害を直接的に受けた地域へは赴きませんでした。

被災された方々に直接的にお役に立つことが出来ないなら行っては行けない。

ただでさえ、あらゆる流通事情が悪い中、その流れを効率的に回すには、不要な人間がむやみに立ち入る段階ではないなと。自己満足程度のボランティアならもう少し後にしたほうが良いのかもしれません...悲しいけど。

僕にとって宮城、福島の沿岸部はとても大事な場所。

色々な思い出の詰まった場所。

一人でよく波乗りに通い、お世話になった民宿もあり、お世話になった方々の安否もとても気になるけど。

やはり、自分に出来ることをこつこつと行うことが今一番の被災地支援。

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地元のあらゆる場所で見た同様の看板やポスター。
バックアップを続けて行こうと思います。












ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)氣志團がJリーグ・ベガルタ仙台を応援するセルフカバーソング「スタンディング・センダイ」の無料配信を開始した。 ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

氣志團の曲「スウィンギング・ニッポン」は、ベガルタ仙台のサポーターソングとして歌詞を仙台バージョンに変えた「スタンディング・センダイ」として親しまれているが、今回は氣志團が逆カバーexclamation ×2

これですぴかぴか(新しい)




ちなみにオリジナルはこちらわーい(嬉しい顔)


ベガルタ仙台サポータと氣志團のつながりぴかぴか(新しい)



そして、仙台の実家の最寄の小学校。引っ越してきたときにはすでに中学生だったので、通ったのは妹だけなのですが...合唱部が有名で、妹も合唱部で一生懸命活動していた思い出が。その小学校の子供達と卒業生の歌。とても心に響きましたハート

ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)ー(長音記号1)

大震災から1ヶ月後、1つの詩が生まれました。 作者は、仙台在住の詩人、大越 桂さん。 お母さんの手のひらに文字を書き、作詩をする筆談詩人です。 彼女の作った「花の冠」は仲間たちによって広がり、 松浦真沙さんの作曲によって、合唱曲になり、 海山幸さんのイラストでアニメーションになり、 4月30日に地元の仙台市立金剛沢小学校 合唱団&卒業生の生徒たちによって、 仙台の街なかで多くの人の前で歌われました。




人とのつながりがもたらすものの素晴らしさを感じた一日でした。







ちなみに







今日は、嫁さんのためにリンパマッサージを予約
施術してくださったのは自分が立ち上げからかかわった美容室の美容師の女性わーい(嬉しい顔)

『どんな人なのexclamation & question』と幾度も質問をされていたのですが、いざサロンへうかがい、ご対面したら・・・


なんと同級生だったってダッシュ(走り出す様)

繋がってるね~ウインクハート達(複数ハート)

ちなみに、施術は最高にリラックスできたと満足そうにリビングでうたたねしていた嫁さんでしたよ指でOK
洋子さん♪今日は嫁がお世話になりましたわーい(嬉しい顔)

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